◎一矢報えたか?NHKさんの取材終了


NHK大阪報道さんからの取材が無事終了。筆舌し難い痛みを説明するために、過去に記したノートを見返す。

よく、あんな極限状態で26年も生きれたもんだと自分でも思う。 救いなど無いであろう荒野を、何の道標もなく、死人の様に歩き続けるだけの人生だった様に思う。

途中、同じ痛みを抱える人々にも出会うこともあったが、行けどもそれは己との闘いだった。在る者は力尽き、在る者は正気を失い何処へ行ったかも判らない。 ようやく、阪大病院のY医師の治驗に志願したことで、僕の人生も一矢報いることができただろう。

長かったが、これで良いよな・・・。

先人の足跡すら見つける事の出来なかった、寂しい道に、物言わぬ一理塚として残れるだけでも生きた甲斐があったと思う。 せめて、次に同じ道を行く旅人に、その道は間違ってはいない事、もっと良い道が在ることを知らせる事が出来れば、本懐を遂げたと言うことが出来るだろう。 支えてくれた親姉に感謝。最後の四年を親身に支えてくれた麻酔科医のDr.林にも感謝。


さて、放送日は阪大病院のY医師の論文公開の直後となるそうなので、後日お知らせしたい。まあまあ喋れたようなので、NHKさんの皆さんが下さったお菓子を弁天さんにもお供えしておこう。



『不思議談 第三夜 「黒い救い主」』

『不思議たん2015』って言いながら、2016になってしまってます・・・。(汗)生きてると色々ありまさぁね。すいません読んで下さっている方が居らして下さってたら、すんませんね。(笑)

『不思議談 第三夜 「黒い救い主」』

私が物心がついてすぐの事ですから、今から40年前ですね、近所の同い年の子供達で遊んでましたよ。ヨウコちゃんとヒロシ君と云ったと思う。
今では世知辛い世の中ですから3〜4歳の子供なら公園なんかで、親が付きっきりで遊ぶところでしょうけど、当時はそんな事あまり見かけませんでしたね。
大阪の北の外れの町に住んでましてね、島本第一中学校の脇に、近隣の田畑へ水を遣る為の用水路があって、まあ、葉っぱなんかを流して遊べるくらいの綺麗で浅い水路です。
でも、結構な距離を流す潅漑用水ですから流れが速い。コンクリートで作られているし、小さい子供が入れば縁は腰くらいの高さ、足なんぞすぐにとられますよね。
今考えて一番恐怖なのは、そこの見通しの悪さね、校庭のフェンスと中村耳鼻科を始めにした住宅群の裏なので、表通りからは、意識してのぞかない限り完全に死角ってやつですよ。

お察しの通り、葉っぱの競争に興じすぎてドボンっと落っこちたのは、私。辛うじてコンクリの間から茂っている草の束を掴んで踏ん張ったけど、膝までの急流が幼児の足が立つことを許す訳がない・・・。
流されれば忽ち細い暗渠の口に飲み込まれる。
子供ながらに「もうあかん、お母さん!」って叫びながら、水路のゴミ取り柵に掴まるしかないのか?いや無理だな・・・。って思いましたね。

もう力が入らない、ヨウコちゃん、ヒロシ君の声は聞こえるけど、遙か上に聞こえる。そのとき、ぐいっと引きあげられ、ふと首を回して見ると、大きな男の人の黒縁めがね。ぎょろっと血走った目が、まるで、お前!なにしてる!と云うように私の顔を横目で見ている。ぎゅっと片腕に抱えられて、ようやく火がついたように泣き出しましたね。
子供一人が座れるくらいの水路の縁に置かれて、すぐ見回すともうその男の人は居ませんでしたね。

記憶をたどると、その男の人の黒縁めがねと怒ったような目しか思い出せない・・・。それに3歳児の記憶なもんで、鮮明な部分は前述の通り。なんとか記憶を補完してみると、よくマンガにでてくる知らない人の表現が、そうで在るように、その男の人は上下真っ黒なスエットのような生地。

ただ・・・。

この記憶は3歳の時のもので、ずっと忘れていましてね、中学の頃かな、初めて親父の兄弟の一番下に「政志」と云う名前の叔父がいて、その子が2歳半の時に、下から二番目の叔父さんが遊びに行った後をよちよち歩きをして、門静と云う土地にあった家の前の小川に落ちて溺死してしまったと云う話を、下から三番目の叔母に聞いた瞬間に、まるでカメラのストロボが暗闇を明るく照らしたようなフラッシュバックで、パッパッパッと脳裏に浮かんで思い出したんですよね。

だからね、あのとき私を助けてくれた黒い救い主は、その政志叔父さんだったんじゃないかな?って思ってるんですよね。
命日をちゃんと聞きましてね、必ずこう言うんですよ「政志くん、おいちゃん君の事良く知ってるよ、おいちゃんがそっちへ行ったら一緒に遊ぼうね」ってね。


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『不思議譚2015〜2016(笑)』
今年も此の季節がやって来ましたね。
こんにちわ、不思議譚の語部、大和川淳一です。(笑)

今年のお話し。

第一夜「あっ、」

第二夜「さっき帰って来たよね?」

第三夜「黒い救い主」

第四夜「苺摘み」

第五夜「奥さんそう言う事なんで」

第六夜「手をかしてぇ」

第七夜「青白い顔の若者」

第八夜「Mさんとばったり」

第九夜「引磬と白足袋」




『不思議譚 第二夜 「あれ、さっき帰ってきたよね?」』

皆さんも学生時代に運動部に入っておられたり、通学が大変だったりしたら、こんな経験って無いですか?
特に猛暑の夏場とか、凍えそうな真冬、兎に角家が遠く感じる。

 私の中学は距離こそ大したものじゃなかったんですけどね、少し山間を切り開いた様な地域でね、急な坂を、夏は大汗、冬はぶるぶる振るえもって、テクテク上ってく。
ようやく坂が終わったと思ったら、公団住宅、いわゆる団地ってやつの最上階の5階、40年も前ですからね、5階建てくらいならエレベーターなんて小洒落れたもんなんて無いですよ。
 だから下校の道のりはと言うと、長い上り坂の後さらに自宅のある棟まで歩いて、最後に5階まで階段を上がってかないといけない・・・。

 勿論、血の気の多い中学生ですから体力は在ったものの、サッカー部と裏部活のボクシングでガッツリ絞られた後の階段のきついったら無かったですよ。
そうなるとね、「あ〜、あと何段で家に着くぞ!」って家に入る瞬間とかを頭に描いて自分に鞭を入れる訳です。
玄関前に立って、ドアノブを回し、靴を脱いで、鞄を部屋に投げ込んで、「さあ〜コーラでも飲むぞ〜!」ってな事まで克明に想像して、えっちら、おっちら・・・。

 夏の本当に暑い日でしたよ、さてやっと本当に家の前に立ってドアを開けた・・・。
するとね、お袋が玄関に立って、きょとんと私を見てる。私の部屋の方向と私を見て、二度見、三度見してるんですよね。
そして言ったんだ、「あれ、今あんた帰って来たよね?」ってね。「いつぅ〜?!」ってこっちはなりまさぁねえ。
「ほんの2〜3分前よ〜」ってお袋が言うしね、変な事言うな〜と思いながらも聞くんです。
お袋によるとね、ほん直前に私の気配がして、いつもの様に下足箱に左手を置く音がして、靴を脱いで、足音が玄関から私の部屋に入ってって、鞄を投げる音まで聞いたもんですから、てっきり私が帰宅したんだと思って、「お帰り〜」って声をかけたが誰も居ない・・・。そこへひょっこりもう一人の私が目の前に居るもんですから、お袋からすれば狐に摘まれたって感じですよね。

 たとえば、戦地に行っているはずの息子が今帰ってきたとかって話を聞きますよね。数日後戦死の報告が来たとかね。作家の色川武大さんの場合だと、学生の頃から他の人に目撃されて、挨拶もしなかったと相手に怒られるんだけど、ご本人には一切そんな覚えもないし、ほかの誰かがちゃんと、「いや色さんは飲み屋のカウンターで寝てたよ」って言う人が居る。なんでもナルコレプシーという発作的に眠りに落ちてしまう症状を持っていたらしく、それについては本人の著書にも、ほかの作家仲間さんの著書にも書いている。

 話が少しずれましたけど、どうやら私の「はよ家に着け〜」っていう気持ちだけが先に帰ってたらしいんですよね。無論、私にそんな念力みたいな事出来ないですし、第一、自覚も無けりゃ、信じてもいない・・・。
ただどうやら、在るらしいんですよ、その人の意識だけが帰りたい、行きたい場所まで行ってしまって、実際に家族や知人に見られてるってことがね。
それ、私自身が逆の立場になって、ある人を目撃したのに、後になって「あれ?おかしいな〜・・・。」なんて事がありましたよ。不思議ですよねえ〜。
まあ、その話は又の機会に譲って、今夜はこのくらいにしておきましょうかね。


『不思議譚2015』
今年も此のきせつがやって来ましたね。今日は、不思議譚の語部、大和川淳一です。
今年のお話し。
第一夜「あっ、」
第二夜「さっき帰って来たよね?」
第三夜「黒い救い主」
第四夜「苺摘み」
第五夜「奥さんそう言う事なんで」
第六夜「手をかしてぇ」
第七夜「青白い顔の若者」
第八夜「Mさんとばったり」
第九夜「引磬と白足袋」



『不思議譚 第一夜 「あっ、」』

あれは、父が退職をして終の住処だといって、家を建てた時ですから、一回り昔になりますか、姉の嫁ぎ先の近所で「これから小さな孫達を見てやるんだ」なんてお袋と嬉しそうにしてましたね。

私はとい言えば、ポンコツ息子で申し訳無いんですけど長男だしね、さあ家を建てる土地を決めにいくぞって時には同行する訳です。
 いわゆる新興住宅地と言っても、郊外ですからね、まだ田畑を整地して間なしの長閑な良い所ですよ。隣は畑、その中にL字になって真新しいアスファルトの道を挟むように、これからご近所さんが住むであろう宅地の候補地が広がってましたよね。

 こう、親父、お袋、姉と私で歩いてる。すると珍しく親父が「こう言う時はお前が決めるのが良い」って言うんですよ。あ〜なるほど、後で不具合なんかがあると「これだからお前が決めると・・・」とかね、冗談とも本気いともつかない事言うんです、そういうの好きな人なんだ彼は。
でね、ふと、お袋を見ると「ん?」なんか様子がいつもと違う・・・。「どないしたんや、おかん?しんどいんけ?」聞くんですけど、なんだか神妙な顔のままで、手を払う様にして、気にするな、って感じで黙ってる。
おかしいな〜って思いながらも、不動産屋の若い人も来てる事だし、土地決めちゃわないといけない。
場所はと言うと、L字の角地ってのも在ったんですけど、なんか一個ずらして、家の正面が道に当たるようにしようと、L字の頭の方が真南に向かっていてこれ以上家が建つことは無いですから。

ふ〜っと吸い込まれる様にして、指をさして「ここに決定する!」と言った瞬間、デジャブってありますよね、あれを感じたと思ったら、お袋が「あっ、」って言ったんですよ、何とも言えない不思議な感覚でしたね、私とお袋が同じ空気の中に押し込まれたって感じ・・・。

と、同時にお袋の携帯がなりましたね。
それで携帯を切ったお袋がね「今、長野のおばあちゃんが死んだよ・・・」って言ったんですよね。
在るんですよね、そういう虫の知らせって言葉では言い表せない事ってね。

つい最近ね、お袋に聞いたんですよ、「あん時なんで、そういう不安な顔してたん?」ってね、そしたらお袋の生まれた地域ではね、家とか車とか、そんな種類の大きな買い物をするとき、希にその家の主人か、親族に何か在るんだって言う言い伝え的なものが在るんだそうですよ、それって誰がいってた?って聞くとね、その亡くなったおばあちゃんが言ってた、って言うんですよね。

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『不思議譚2015』
今年も此の季節がやって来ましたね。
こんにちわ、不思議譚の語部、大和川淳一です。

今年のお話し。

第一夜「あっ、」

第二夜「さっき帰って来たよね?」

第三夜「黒い救い主」

第四夜「苺摘み」

第五夜「奥さんそう言う事なんで」

第六夜「手をかしてぇ」

第七夜「青白い顔の若者」

第八夜「Mさんとばったり」

第九夜「引磬と白足袋」



□ 河内近郊ー恩智城趾と桜と楠

今春は寒暖差のため、季語では初春とされる梅と晩春とされる菜の花が同じ畑に咲くという景色を見た。目には美しいかも知れないが、病臥より這い出したばかりの私にはとてもこたえた。3月下旬に入っても気温の差異で今度は梅と桜が入れ替わり、近所の染井吉野は今日3月30日、正に満開だった。


勿論、桜が並木となって開花する姿は美しいが、目に映る如くに、写真に撮ろうと思うとなかなか難しい。遠くから見るとピンクが鮮やかではあるが、近寄ると思いの外白い。光の加減や自分の目線など、そんなことで色や印象が大きく変わる事に気づかれる方も多いだろうと思われる。
「なるほど、桜ちゅうもんは実物も良いけど、心象風景にこそ優雅に咲くもんかもな・・・」そんな事を独りごちると、ふと、また私の心はこの地の歴史に遊びに出ようとする。

約40年程前になるが、私はその頃大阪の北端に在る島本町水無瀬と言う所に住んでいた。その町をほぼ南北に通る国鉄(現JR)の線路と、京から天王山の裾である山崎、高槻を経由し兵庫の西ノ宮に至る、西国街道に挟まれる様にして「桜井駅跡」と言う、鎮守の森的様相の史跡があった。
「駅跡」と言うは、鉄道の駅ではなく、古代律令制の時代に制定された30里ごとに馬を乗り継ぐところの「駅」の事だが、地元の人々はその森を「楠公(なんこう)さん」とよんでいた。

母は屡々(しばしば)幼い私の手を引いて、そこへ散歩に出てくれたが、そこは彼の楠木正成公が延元元年、1336年、京に攻め入る足利尊氏軍迎撃に向かう途上、息子・正行(まさつら)に遺訓を残しつ「さらば河内を頼むぞ」とばかり今生の別れをした場所である。

※(写真はJR島本駅開業記念に地元の酒屋さんからの依頼で作ったお酒のラベルの試作。
子別れの像は今もJR島本駅に半分、土地を分けて桜井駅跡にある。)

その件(くだり)は『太平記』の「桜井の別れ」として、室町時代から物語僧や講釈師によって広められている。
  楠木正成は畿内の要所である摂河泉(せっかせん)、つまり摂津、河内、和泉を守護していた。
 さて、その河内に今の私は住んでいる。移り住む頃初めて最寄り駅に降り立ち、最初に目にとまったのが、此の地に関する由緒書である。手作りだが立派なもので、それを読み何やらご縁めいた感じ、同時に敬服の念を抱いた。
以下にその由緒書を心からの敬意と共に謹んで記したい。

  「恩智左近満一は楠木正成公の八臣の一人で恩智の豪士墓は御廟と呼ばれ恩智城趾を望んで建碑さる この現在位置より東方四00mの高台に大樹を傘に廟のあり左近満一ここに眠る」

※(写真は恩智左近御廟2011年)

  「恩智の桜(九桜(きゅうおう))一株に九本の幹が出て桜が咲き人集まりて九桜と名付く 恩智城趾に桜を植え九桜の名を今に残す 城趾の桜は現在位置より東方五00mの高台にあり見事の一言につきる 眼下の眺めも又格別である」

※(写真は2009年の恩智城趾の桜)

「あー、引っ越した先が、楠公さんのお味方の領内かー。」と勝手ながらご縁を感じた。又、私の住む町内は「神宮寺」とよばれ、ここが八臣のもう一人、神宮寺小太郎が治めた地である事も何か気分が良い。
 歴史に興味を持ったのはここ数年の事なので、「南北朝時代」や『太平記』については、恥ずかしながら勉強不足なので、追っ付け知って行きたい。

 以前にも触れたが、恩智左近と言う豪士は社家(しゃけ)の出で、いよいよ本格的な武装が必要な時勢になり、この地の高台に自然の地形を利用した城郭を設けたが、自分の家が代々司る恩智神社よりも高く位置したため、「神への不敬よろしからず」と、さらに上の山中へと神社を移したと言う。

※(写真は天王の森の桜、近鉄恩智駅から神社への道。その昔ここに恩智神社が在ったそうな。)

当たり前と思われるかも知れないが、そうした恩智氏の家風と恩智左近満一と言う男の人となりに、忠心の篤さと言うものが在ったと想像しても、良いのではないかと思う。

又、神宮寺小太郎であるが、「神宮寺」とは神社に付属するように置かれた寺であり、上代より、社家に生きた人々の菩提を弔う役割もあったことから、或は、神宮寺氏はその家系でり、恩智左近と神宮寺小太郎の墓の近さからも、彼の時代、隣り合った荘にいた二人の男が一蓮托生の誓いと覚悟を堅固に持っていたのではなかろうかと、勝手な想像をし、そうであってくれるとさらに身近に彼らの後ろ姿や、横顔を思い描く事が出来そうである。
無論、彼ら二人の関係をしっかり裏付ける物を見た訳ではないので、これらはあくまでも私の勝手な浪漫的空想に他ならないのだが。

(※この鳥居から↑が恩智神社、右→の小道を道なりにゆけば恩智城趾。車はおすすめできない。)

更なる空想を許して頂くならば、楠公の臣であっただけに、二人とも敵軍勢数万に対する自軍数千、いわんや数百であったとて、名高き智将楠公が展開する巧妙な山城・山岳戦、囮(おとり)やゲリラ作戦に身を投じて、信じた大将と、領民一族のために命数を使い切って行ったのに違いない。

たとえ、後世語られる奇策、応戦の物語が戦場伝説の類いであったとしても、伝説に成るほどの将のためなら、命を賭しても不服無之(ふふくこれなし)と思えるのが、その時の男と言うものであったのでは在るまいか。(現代の将は煙に巻く如く己イの一番に雲隠れする手合いが多いのが残念である。)

 最後に今一度、駅前の由緒書に戻りたい。
あの文中にある「九桜(きゅうおう)」だが、今はどこにあるのかと思い『八尾の史跡』と言う本を読んでみた。「先年まで墓の傍らに(略)今は枯れて全く見られない」とあった。いささか残念ではあるが、今は「大樹を傘に廟のあり左近満一ここに眠る」と言うは、あの由緒書どおりだ。地元の郷土史に詳しい方にお聞きしたお話では、江戸時代の絵図にその九桜が描かれているという事だから、その桜は江戸末期の品種改良で出来た染井吉野ではなさそうだ、もちろん之も確認した訳ではないが・・・・。


 桜、松、菊とこの国の歴史の中には、その時代や時勢を物語る花や樹木が象徴として、大切にされて来たようだが、私は幼い頃から体をあずけて一休みさせてもらえる楠が一番好きだ。楠の木陰はいつもほっとできる。

今一つ触れておきたいのは、この由緒書自体であるが、達筆で文の内容からはこの土地と歴史への想いが感じられる。
 地域振興のために、ゆるキャラなどを考える短期の志も大事だが、このような心の込もった由緒書を後世に残すと言うような、長期の志がまず下地に無ければ、歴史は埋もれ、過去にその土地で生きた人々の生き様から学ぶと言う文化的、歴史的遺産は残らない。

※(恩智城趾・旧恩智小学校校門)

 私は、先ずその土地に住む人が、歴史、文化そして今をよく観て愛していかなければ、その土地は単なる開発か衰退かのどちらかをたどると思えて仕方ない。そんな事を思うと、この駅前の由緒書は正に町の人も、桜を見に来てくれる人々も「文化」してくれる物のお手本のように思うのだが、俄にはご理解頂けまいとも思う。

「近鉄大阪線 恩智駅」

「恩智城趾」

【お知らせ】
今年、25年の桜はもう散っています。念のため。4月10日現在

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