■ 京都見る歩く(東山編)Vol.22 白砂と歴史の名庭に癒しを感じる

■ 京都見る歩く(東山編)Vol.22 白砂と歴史の名庭に癒しを感じる「東福寺霊雲院」


京都で数々の庭園を観る度に、その思想や時代の流行、愛された「趣(おもむき)」と言うものにただ感動してしまう。
近代京都には自然をそのまま再現したかのように水、岩、苔を配したものが発展した。しかしそれ以前は「枯山水」を想わせる白砂を水に見立てたものが仏教や禅とともにもたらされたと思われる。
私個人は水を用いた庭に魅せられる事が多いが、時にぐうの音も出ないほど心を停められ、黙らされ、無と深い安らぎの間に放り込まれたようになる「禅庭」の名庭に出逢うことがある。
けっして広さでは無く、白砂、岩、苔、その配置に深遠かつ無音の圧倒感と云うか宇宙そのものを感じているのだと思う。
それがこの日行った京都東山東福寺にある「霊雲院」だ。
「九山八海(きゅうざんはっかい)」と云う仏の世界を表すこの庭はおよそ600年ほど前(1390年)に開かれたそうな。
中央の「遺愛石」から白砂の波紋が、苔むす山脈の奇岩に打ち寄る様は、音の無い大海のごとく。「遺愛石」は熊本出身の第7世、湘雪和尚が親交のあった藩主細川忠利から贈られたものだと云う。
縁側に立ちふと廊下の壁に目をやると一枚の古い写真がある。

明治38年日露戦争時。ロシア人捕虜が東福寺全体に1500人。
この霊雲院にも同3月24日から11月19日まで収容されていたのだと云う。
集合写真は東福寺または知恩院の山門だろうか?大階段に座った多くのロシア人捕虜達、独特の兵服とピンと跳ね上げた髭の顔。それを遥かに下回る数の日本人監視兵の顔がただ最前列にある。
「塀の無い捕虜収容所かぁ、日本ってこんな時が…」
不思議な事にロシア青年たちの顔に暗い陰は無く、故国ロシアに帰る希望すら持っているかのように見える。先の凄惨な大戦に比べその頃の日本は捕虜の待遇や国際法の決まりを心得ていたからなのだろうか?
この写真からは何か明治と言う時代の気質と言うのか昭和のそれとは確実に違う空気が流れている。
良い面ばかりで無いことはその後の歴史が嫌でも証明する所だが、少なくとも明治と言う時代と人々が幾分でも大らかであった事を信じたい。
しかし、この何千倍もの日露の若者達が海に高地に散った事を忘れてはいけないだろう。
もう今はこの世に無い人々の生きた姿に今を力無く生きる私が勇気をもらう。
快活に、まっすぐ生きた死者たち。先人たちの生き様こそ時として一番の勇気となりえる。私もそんな先人となれるよに生き、何かを残して逝きたいものである。
また京都の名庭に歴史への思いと心休まる贅沢な時間がながれるのを見つける事が本当に嬉しい。
同院は幕末に月照さんと西郷さんの密議の場となった歴史もあるそうな。
東福寺方面に行かれるときは是非とも訪れ、この名庭を目にしてもらいたい。

それにしても写真でお伝えしたいぐらいの美しさ。1970年にこの庭を江戸末期の図から復活させたシゲモリなる人物とはいかなる才の持ち主か?

地点マップ(PC、携帯au、docomo)

場所名: 東福寺霊雲院
住所: 京都市東山区本町15丁目801
TEL :(075)561-4080
拝観料:300円(Admission)

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 【市バス】京都駅から乗り場D2の208系統「東福寺・九条車庫ゆき」に乗り「東福寺」下車徒歩5分
 【電車】:JR・京阪電車「東福寺」下車徒歩10分
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■ 京都見る歩く(東山編)Vol.21 東福寺周辺

■ 京都見る歩く(東山編)Vol.21 東福寺周辺は大人好みの深い味わい。
 

東福寺へ向かう参道には、門へ着くまでに色々と興味深いものが多い。
やはり東山でも七条より南は、北に比べると静かなのだが、これぞ京のお寺の風格と言うか、優美なものを落ち着いて楽しむことが出来る地域だ。


臥雲橋(がうんきょう)もう京都でも珍しい木造橋。
しかも屋根付き。こんな橋を見たのは、DVDで見た「坂の上の雲」とか、映画で見た「マディソン群の橋」とか。とにかく実際に見たのは初めてだ。情緒と言うか、わびさびと言うか。じっと眺めていると、黒い日傘を軽ぅくまわしてこの橋の上から、東福寺の中にかかる通天橋を眺めてこれまた軽やかに体を揺らしている若い女性が橋の向こうの日差しの中にまぶしく映る。
へー、京都にこんな風景があったんだ。

手をつないで来た初老の素敵なご夫婦も「いや〜、涼しげやわ〜」ともう一度ぎゅっと手をつなぎなおす。この橋には何か不思議なところがある。あっちとこっちを結ぶだけではなく、人の心も結ぶ橋。う〜ん大人って良いですね〜、この橋の魅力が解っていらっしゃる。


同聚院の十万不動明王様
護摩焚きをされる陣は長年のすすで重厚感と神聖な炎の激しさを想像できる。陣の更におくにその「不動明王座像(重要文化財)」が鎮座されている。なぜかこの道を通るたびに吸い込まれるように入って見ずには要られない衝動に駈られる。その大きさと、圧倒される迫力。同聚院のお母さんも「そう、ここのお不動様は日本一の大きさですよ」と教えてくださった。平安時代の京に藤原氏の栄華はなやかなりし頃、藤原文化といわれるほど、卓越した仏教美術の世界があったそうな。この不動明王座像こそ、その時代から幾多の大火・戦災を超えて現代に伝えられたありがたいもの。荘厳優美でバランスの取れたお姿は多くの学者さんや仏師をもうならせてきたのだという。


明暗寺・尺八道場
ここもまた東福寺へ向かう途中吸い込まれるように入ってしまうお寺。中には、今年の猛暑にも涼しげに耐えた綺麗な苔のお庭、そしてこの大きな「吹禅」の石碑。開祖は了円禅師と言う禅師様でこのお寺からは、尺八を禅の一つと考える派が生まれ、時代劇でも良く見る虚無僧が生まれたそうな。私も昔世話になった人から一本の尺八を賜ったことがある、片腕が不自由な私に躊躇なくそれを下さった人が言った「曲を奏でる必要なんて無い、吹けばその一音で何故君にあげたいか、解ってもらえるだろう」と。数年後の今わかります。尺八は吹こうとすればするほど、音がまともに出ない、しかし何も考えず息を吐くとボー、ボーっと自分のすべてが共鳴しているような音が出る。明暗寺(みょうあんじ)でこの「吹禅」の石碑を見たとき、もう一度それを思い出し、救われた気持ちになった。


退耕庵と小野小町
東福寺への道には何故か寄り道をして中を見たくなる塔頭(たっちゅう)や寺院が多い。東福寺塔頭の退耕庵もその一つだろうか。中には小野小町に関係する、「小野小町百歳の井戸」、「小町堂」などがあり、お堂には、白く大きな地蔵菩薩と小野小町百歳像お祀りされている。小町さん自ら、美しかった自分が老いていくことを嘆いた歌があるが、京都には何故か美しい頃の小町さんを形にしたものが少ないらしい。それは皆に、人は必ず老いるし、醜くもなると無常を教えているのか?私はこう思う、それより「小町さんが年老いても、心は美しいままだった」とか、「女性は年を重ねて美しくなるものよ」と言う風に小町さんをお祀りして、「表面的老いに執着せずおおらかに年を重ねることの美しさ」の象徴にしてしまえば・・・・って駄目かな?

地点マップ(PC、携帯au、docomo)



場所名:東福寺周辺
住所:京都府京都市東山区本町15〜16丁目

最寄交通機関
市バス:京都駅から乗り場D2の208系統に乗り「東福寺」下車徒歩5分
電車:JR・京阪電車「東福寺」下車徒歩5分



■ 京都見る歩く(東山編)Vol.20 悟りの窓・迷いの窓

悟りとは?迷いとは?泉涌寺別院 別格本山 雲龍院へ行く。


え〜、京都と言えば良くイメージが出来上がっていて「う〜んあそこへ行ってみたい」なんて場所がありますが、それって一体どこだろう?なんて事が良く在りますな。金閣寺へ行った後で、「ほら、鳥居が沢山ならんでる所!」なんて就学旅行生の会話を聞いて、そりゃ随分ざっくりだな〜と思うことがあったり。


私にとって調度この雲龍院がそんな感じでした。さすがに場所は知っていましたが、今回行くまで結構未知のベールに包まれた想像上の京都だったわけです。
しかし、イメージにあると言う事は、一度は行ってみたいところと言う事になります。

調度、泉涌寺へは洛陽三十三所観音巡礼・二十番札所の「楊貴妃観音様」を拝みに参りましたので、こりゃ別院の雲龍院も見て行かないことには勿体無いというわけです。

通常ですと、雲龍院向かって左側の山門から入り、中央を仕切る塀の小さな門から本堂へ上らせて頂くのですが工事のため、なんと普段はくぐることが出来ない表門(勅旨門・ちょくしもん)から入れていただきます。ご皇室や、やんごとなき方々しか通れない門です。「おーそれながら!」と思わず端を歩きました。


表側からは見えませんが、ここのお庭は京都のみならず、全国からいらっしゃる「通な方」が絶賛するところ。本堂の受付で「お抹茶とお菓子」も出していただける事を知り、拝観料300円+500円でお願いする。

見事なお庭があるところでは、お抹茶と和菓子を出してくださるところがあります。私の京都歩きの経験上、お庭を眺めながらお抹茶をいただけるのは、かなり幸福感に包まれるので、そんな場所では絶対ケチらずに、召し上がられることを強くお勧めします。南禅寺付近にある無鄰菴(むりんあん)も良かった。

さて本堂の薬如来様にご挨拶を申し上げ、中に入ると、そこは先ずとても静かな写経場、何でも日本最古の写経道場だそうです。お若い女性がお一人凛としたお顔で写経をされています。後でお聞きするとわざわざ岐阜から、先ずはこの雲龍院を目指してこられたとか、これはかなりの通。言葉使いや物腰に品を感じます。


本堂脇から、ご皇室のご尊牌が安置されている「霊明殿」を右目に赤絨毯の渡り廊下を行くと、先ず一つ目の大広間からお庭を眺める。このお部屋には「大石良雄(大石内蔵助)」直筆の書があったり、男の子の声と思しきガイダンスを再生できるカセットテープデッキが。「・・・以上、簡単ではありますが雲龍院の見所をご紹介・・・」と男の私でも、このガイドテープには胸がキュンとなるわけです。

次に更に廊下を奥へすすみ、お台所へ。とても懐かしいおばあちゃん家のようなお台所で、珍しい憤怒顔で走っている体勢の大黒様に手を合わせます。と、いつの間にかテーブルの向こうにご器量の良さそうな寺庭婦人(お寺の奥様)が仏様のような笑顔で立って居られます。
「お抹茶はこちらで?」とお聞きすると、「どこでもお気に召されたお部屋にお持ちします」と言ってくださる。「写真も仏様以外は撮ってかまわないですよ、心ゆくまでゆっくりしていってくださいね」と。


さあこれが見所、有名な「迷いの窓」と「悟りの窓」です。写真を撮りたいのですが、あまりに見事な光景に静かに黙ってしまいます。それでも知人に写真を撮ってきてほしいと頼まれているので、「悟りの窓」を撮るのですが、眼には良く見えてもカメラと言うのは明暗の差が激しいと眼で見るようには撮れません。


う〜ん光がまばゆければ、影また色濃くかぁ・・・・」等と「悟りの窓」の前で迷う自分がこっけいに思えた瞬間、なるほど、そのままを目で観て、楽しみ、感謝することも「悟り」の姿かも知れませんね。などと思い、もう一度「迷いの窓」の前においてある般若心経を正座して読み直す私です。

先ほどの写経の女性に悟りの間を明け渡すように、隣のお部屋へ移り運んで頂いたお抹茶とお菓子を頂きながら黙ってお庭を眺めました。ここ雲龍院には人の心をほぐし、雑念から解き放ってくれる不思議な力があるようです。

写経の女性が「先ほどは悟りの間で失礼をいたしました」と声をかけてくださいました。飾らないのに品のあるそのお声にもう一度心洗われ帰路につきます。合掌。

泉涌寺別院 別格山 雲龍院
拝観時間:9:00〜16:30 (Open)
駐車場:20台(無料)(Free Parking Lot)
拝観料:300円/お抹茶付800円(Admission/with tea)

地点マップ(PC、携帯au、docomo)


場所名: 雲龍院
住所: 京都市東山区泉涌寺山内町36

最寄交通機関

市バス:京都駅から乗り場D2の208系統に乗り「泉涌寺」下車徒歩15分
京阪七条からは208号系統で、
京阪四条駅からは207号系統で

電車:電車:JR・京阪電車「東福寺」下車徒歩25分




■ 京都見る歩く(東山編)Vol.19 清水寺美景色。面白いもの。

 ■ 京都見る歩く(東山編)Vol.19 清水寺で見た美景色。面白いもの。


洛陽三十三所観音巡礼 第十番〜第十四番で訪れた、清水寺。
その歴史の古さや、本堂・奥の院をはじめ、建築構造の美しさ、そして周囲の自然の美しさから京都のみならず日本屈指の名刹といえるでしょう。


お寺入り口「仁王門」に向かって左手前。「清水寺善光寺堂(旧地蔵院)」にある「首振り地蔵様」。お願い事がある方向へ首を向けて静かにお祈りするとご利益。


明治初期の基準点標石、明治8年(1875年)当時の内務省地理寮(後の地理局)がイギリスの測量技術を導入。京都市街地図を作成する、測定のため結ばれたほかの基準点が「高瀬七条上ル」、「六角堂」、「聖護院村」と言うのがなんとも京都らしいです。京都の近代化を急いだ先人の足跡がここにも。


門前で振り向くと、京都市街が一望。あれに見えるは京都タワー、行かれる方は是非振り向いて見てください。



本堂に入る拝観券売り場から振り返ると「田村堂」(坂上田村麻呂公をお祀り)、「経堂」、三重塔を望めます。


本堂清水の舞台から見た「音羽の滝」です。三本のお水は「学業」「長寿」「恋愛」等ご利益があるそうな。

奥の院裏手に「濡れ手観音様」がお祀りされている。「法華塔」と書かれた仏塔の前に冷たく清んだ水が出る手水鉢があります。お水は観音様へのお供えですと書かれていて、なおかつ清水寺の水源に当たるそうな。是非ともこのお手水でお清めしてください。清水たるゆえんが体で理解できます。


奥の院から見た本堂、有名な「清水の舞台」です。舞台の美しさは奥の院や子安の塔へ向かう道からが調度良い感じです。



同じく子安の塔へ向かう道から振り返るとお寺の入り口仁王門付近にある三重塔

最後にお手水チェック
。上が三重塔前のもの流れ落ちるとき水琴窟(すいきんくつ)のような音が。
真ん中は本堂に入る門前の立派な龍のお手水。下は奥の院付近にあるものです。



これだけ水の確保が出来るのも、清水だからでしょう。勿論それを見つけ出したのは、開祖行叡居士・開山延鎮上人の常人ならざる仏への思い。


地点マップ(PC、携帯au、docomo)

場所名: 清水寺
住所: 京都市東山区清水

最寄交通機関
市バス:京都駅前乗場D1から100系統、乗場D2から206系統で「五条坂」下車徒歩15分程度
電車:



■ 粟田神社納涼ビアガーデン!

 ■ 粟田神社納涼ビアガーデン、夏が盛り上がってまいりました!



粟田神社さんでかなり楽しそうなビアガーデンが行われます。
粟田神社と言えば、祇園祭の原型とも言われている、剣鉾(けんぼこ)や粟田神社さん氏子さんそして、京都造形芸術大の皆さんが、復活させた大燈呂(だいとうろ)が見られる「粟田祭(あわたさい)」が有名です。

そんな歴史と格式のある粟田神社さんで、なんと納涼ビアガーデンが開かれると、『カドヤ作業服店ご主人』にして、「粟田神社剣鉾奉賛会」の廉屋さんから教えていただきました〜。

あの見晴らしのよい、神社の境内でビールを飲みながら、フラダンスや、沖縄民謡が繰り広げられるなんて、粋じゃないですか!

実はこの粟田神社、ここではいえませんが、京都を代表するスゴイ人たちがさりげなく、普通に氏子さんだったりする、面白いところです。

平成22年7月31日(土)、PM6時〜PM9時まで。とにかく難しいことは忘れて、仕事の疲れや夏の暑さを吹き飛ばせるように楽しみに行きたいとおもいます。

お近くの方は勿論、終電終バス等間に合う方には是非。


私は宿を取ってゆっくり行きます。楽しみ!


剣鉾


粟田神社


大燈呂(だいとうろ)



地点マップ(PC用、携帯auでは開いた、docomoはどうかな〜)


場所名: 粟田神社
住所: 京都府京都市東山区粟田口鍛冶町1

最寄交通機関
市バス:京都駅乗場D1から、100系統に乗りor「東山三条」or「神宮道」。「四条河原町」「祇園」からは46系統が出ています。
電車: 



■ 京都見る歩く(東山編)Vol.18 清水寺へ楽しい道中。

 ■ 京都見る歩く(東山編)Vol.18 清水寺へ楽しい道中。五条坂・茶わん坂 Slow Hill Up to Kiyomizu Temple, Gojyoo Zaka



清水と言うエリア。京都と言えば、清水寺と言う事で、毎日沢山の観光客があの坂を上っている。
最近では、着物や浴衣をレンタルしているお店が女性にうけ、涼しげな浴衣姿のお姉さんたちが、お互いの写真を撮りながら、「京都な感じ」満点の坂の風景を楽しんでいる。観光客自身が風情の向上に一役かっていると言う分けだ。


バスの中で、オーストラリアからのお母さん二人組みが市バス一日券の使い方について話しているので、説明してあげると「とりあえず清水寺は行ったほうが良いのよね?」、「マンガミュージアムにも行きたいわ〜、やっぱりアニメのカッコウした人とか来るの?」などと、楽しげに聞いてくる。日本文化と言う事で、彼女らの中では「清水寺」と「マンガミュージアム」が同列になっているのが、なんとも興味深い。



さて清水寺は、まあまあ勾配のある坂の上、そして大きく分けて二本の行き道がある。
一つは、バス停「五条坂」下車で上っていく「五条坂・茶碗坂」ルート
もう一つには、バス停「清水道」下車の「松原通」ルート



う〜ん、清水寺を少し見たら、次へも行きたいというお二人にはどちらの道をお勧めすべきか?とつぶやくと、親切な年配の女性が流暢な英語で「五条坂のほうが勾配が緩やかで、人もそんなに多くないよ」と教えてくれた。地元のお母さんらしき人だが、すぐ隣に英語を話す人が居るなんて、さすがは京都。


バス停「五条坂」で下車し、「良い旅を!」と手を振る。
記録的猛暑でとても暑い日だが、やはり清水寺へ向かうこの坂いつも楽しい。そしてなんだか落ち着く



坂道の途中に見事な分かれ道、(横尾忠則先生が好まれそうなY字?)道しるべに「清水寺ちかみち・赤い塔の見える茶わん坂」とある。なるほど写真で見ても、右のほうが坂が緩やかに見える。



左は一度「松原通」にぶつかり、また右へ少しのぼる道なんので、ここで右へ行くほうが楽だろう。



茶わん坂に入ると右に左に雰囲気のあるお店が立ち並び、ついつい見とれてしまう。
清水焼の茶碗屋さん、染物、和菓子、反物やさん、喫茶店と直射日光をよけながら。



人間国宝 近藤悠三記念館」を過ぎると、いよいよ清水の赤い塔が見えてくる。
ゆっくり見ながら、15分ほどかけて上る、楽しい清水の茶わん坂。



さすがに、清水寺の山門前の御茶屋さんで冷たいコーラを飲んで休憩せねば、清水寺も楽しめまい。


帰りは、くだりなので、松原通を下ったり、もし余裕があれば、「来迎院経書堂」と「七味家本舗」さんの間を入れば、有名な産寧坂(三年坂)二寧坂(二年坂)へ向かう道。これまた情緒たっぷりで「京都へ来た!」と思えるコースだ。くれぐれも、猛暑の際は陰に入って休んだり、水分を取りましょう。京都の夏は暑いです。でもおしゃれなお茶処も沢山あるので、それがまた良い。


さあ、今日は清水寺で5つの観音巡礼ポイントを廻るのだ!



地点マップ(PC、携帯au、docomo)

場所名:五条坂
住所:京都市東山区五条坂交差点

最寄交通機関
市バス:京都駅前乗場D1から100系統、乗場D2から206系統で「五条坂」下車すぐ
電車:



■ 京都見る歩く(東山編)Vol.17 御陵衛士屯所跡

■ 京都見る歩く(東山編)Vol.17 御陵衛士屯所跡「高台寺月真院」を見た。


以前から気になっていた御陵衛士(ごりょうえじ)屯所跡を思い出した。

時々ご縁あって京都のガイドを引き受ける際、良く行く東山の高台寺付近
石塀小路や、二寧坂(二年坂)から「ねねの道」を通るたびに、高台寺塔頭・月真院の門にある御陵衛士とは、どの様な人々だったのかと思っていたが、解ったときには思わず声を上げてしまった。

新選組をよくご存知の方なら、「御陵衛士」のなったるやを知っていて当然だと思いますが、私の場合知識が浅く「御陵衛士」=「高台寺党」(通称)が結びつかなかった。それも其のはず、私は年末時代劇やドラマでしか見ていないうえ世代的にあの渋い声の俳優「佐藤慶」ナレーションでおなじみの作品を見ており、「高台寺党」のくだりなどは、あの渋い声で淡々と語れ次のシーンと言う具合だったのでは?いずれにせよ子供だったので。

さてこの通称「高台寺党」とは慶応3年(1867)3月10日、志の違いで新選組を脱退した策士「伊東甲子太郎(いとうかしたろう)」ほか斎藤一、藤堂平助、篠原泰之進、服部武雄、毛内有之助、富山弥兵衛、阿部十郎、内海次郎、加納鷲雄、中西昇、橋本皆助、清原清、新井忠雄、三木三郎ら15人が孝明天皇の御陵守護及び薩摩長州両藩の動向見張ると言う名目で、高台寺塔頭・月真院に屯所を置き、「新選組分離隊」としながらも、やはり新選組とは反対の勤王倒幕派になったという。それがこの月真院だったそうな。「御陵衛士」=「高台寺党」(通称)は薩摩長州とつながっていたとか、近年では一定の距離を置いていたとか、じつは斉藤一は新選組からの密偵で動向や内情をリークしていたなどミステリアスな諸説がある。

結果、伊東らは「油小路七条」で新選組による粛清に合い骸(むくろ)はしばらくさらされた「油小路事件」である。


最近幕末の歴史を知るようになってから御陵衛士屯所跡が、いつも「わらびもち」とアイスグリーンティーで一服させていただく「洛匠」さんと二件隣だったとは意外だった。高台寺も好きで良く行くのでいつも通っていたのに。

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余談だが、少し前の新選組のドラマ「壬生義士伝」は撮影場所ほとんどが史実上の場所であり、「高台寺党」のことも興味深く書かれている。更に余談としてこのお話の主役となる「吉村貫一郎」役(渡辺謙さん)、「土方歳三」役(伊原剛志さん)のお二人は「硫黄島からの手紙」の栗林中将と西中佐を演じた名コンビだ。縁というものか。

因みに、この場所「月真院」は普段公開はされていないが門の横に石碑と立て看板がある。
市バス「東山安井」下車し東へ緩やかな坂を上って高台寺方面へ。

地点マップ(PC、携帯au、docomo)

場所名: 御陵衛士屯所跡「高台寺月真院」
住所: 京都市東山区下河原町463

最寄交通機関
市バス:(京都駅から)D2のりばから206、208系統「東山安井」下車が便利
電車:



■ 京都見る歩く(東山編)Vol.16 河井寛次郎記念館

■ 京都見る歩く(東山編)Vol.16 河井寛次郎記念館

土と炎の詩人、河井寛次郎記念館

ずっと前から行ってみたかった念願の河井寛次郎記念館に行けた。
河井寛次郎先生を知っている人も、知らない人にもゆっくり時間が流れるこの旧家は強くお勧めしたい。と言うより、あまり知らせたくないほど、すばらしいところ。

最近のTV放映で来客数が増えたというのは喜ばしことである。がしかし、行ってみた知人や教えてくださった人も小声で言う「ここに一人で居れたら贅沢な時間でしょうね」と。


彼の人となりに想いをはせ、彼が感じ学び取っていったであろう、目に見えない精神のなんたるかを想像しながら、彼が愛した2階の机に手を置き椅子に座れば、まるで「私はこれや、あれや、すべてが好きだったんだよ」という気持ちを緩やかに注がれているような心持になり、心の豊かさを分けてもらえるような気さえしてくる。


古きよき時代の日本の営みをそのまま一箇所に集約したような、建物の中はその時代に生まれていない人でさえ、どこか懐かしいということを細胞で感じ取れるのではないだろうか。

火の誓い (講談社文芸文庫)
火の誓い (講談社文芸文庫)河井 寛次郎,壽岳 文章,河井 須也子

記念館で本を一冊購入して読んでみた。村々に這入って集落の成り立ち方、自給自足をする人々の暮らし、そして家々で大切に使われる民具にいたるまでをじっくり観て、こころの底から打ち震えるように感動をする姿。


陶芸だけに留まらず、調度品や建築に対しても深い愛情・愛着を抱き、それらを通して不可視な森羅万象の背後に流れる自然(じねんかを観続けたマルチクリエーターであると感じた。マルチクリエーターと言う言葉は適切で在るか今の私には解らないが、なんにでも手を出したのではなく、それらと彼が呼び合い引き寄せあったということなのだろう。


エキセントリックであった、子供のように感動する心を持っていた、などと言う表現をされているが、何か人が生まれてから社会で生きるうちに、帯びてしまう手垢のようなものを嫌い、純粋に物を作り、物をめでる心のままであり続けることを望まれたことは確かなようだ。人間国宝や勲章の類には辞退を申し出られたといわれる。民芸と言う事への純粋な情熱であったのだろうか?海外のサイト上で日本へ、京都へ行くなら是非行きたい場所として「Kawai Kanjiro Memorial Gallery」「Mingei」と言う言葉が上がるくらいである。


河井寛次郎先生の詩や言葉には、読む人によれば、シンプルすぎて音としてしか認識されない言葉があるかも知れないが、常に深く物を捉え感性と言うか魂に落としこんで行った人にのみ染み入る言葉でいっぱいのような気がしてならない。

お勧めな行き方は京都駅乗場D2から206系統に乗って、「馬町」下車、東大路から西へ入るのが一番簡単だとおもわれます。

河井寛次郎記念館
午前10時〜午後5時(入館4時半まで)(月曜休館)
休館季(夏)8月11日〜20日ごろ、(冬)12月24日〜1月7日ごろ
一般900円

地点マップ(PC、携帯au、docomo)

場所名: 河井寛次郎記念館
住所: 〒605-0875 京都府京都市東山区渋谷通東大路西入鐘鋳町569

最寄交通機関
市バス:京都駅乗場D2から206系統に乗って、「馬町」下車10分程度、四条河原町から207系統で「馬町」下車
電車:京阪電車「五条」駅下車徒歩10分。



■ 京都見る歩く(東山編)Vol.15 外国の方をガイド1/2

■ 京都見る歩く(東山編)Vol.15 外国の方をガイドさせていただきました。1/2
外国からの旅行者をガイドして、京都の風情を楽しめる道を行ってみた。

デンマークから来たヘンリック君は、京都の風情や桜を見たいと、私を訪ねてヨーロッパ・中国旅行の折り返し地点として、来てくれた。ここは私も好きな、東山、八坂通→二寧坂(にねんざか)→ねねの道→石塀小路(いしべこうじ)→白川と歩いてみる。


京都駅市バス乗場D1から100系統に乗り、「清水道」で下車。
八坂通緩やかな坂に入れば、石畳と八坂の塔が見える。初めて京都を見るヘンリックさん石畳と八坂の塔を見て、「おーーー」と感動。少しのぼった道で、右へ曲がり「アンティーク雑貨しゃらく」さんへよる。


ひとしきり、アンティークを見て、下の八坂通を上り、二寧坂(にねんざか)へ。世界中を旅する彼にも、この東山の古い町並みがノスタルジックで活気があって好感が持てるらしい。
手焼きのおせんべいや、舞妓さんの格好をしている女性を「お〜っ!」と歓声を上げる。


二寧坂(にねんざか)から、ねねの道を通り、石塀小路へ。(写真は石塀小路去年秋)をこの道は写真家さんと外国の方のほうが知っているのだろうか?結構京都に来ているが、この石塀小路をご存知無いかたが多い。「京都の情緒と、落ち着いた感じは、ヨーロッパの古い町並みとどこか似ているね、残すって事は大事なことだね」と一生懸命ヨーロッパなまりの英語で言ってくれた。

石塀小路から西の通りへ降りてくると調度市バス「東山安井」のバス停だ。
歩いても良いのだが、ここは観ることにエネルギーをそそぐべく、市バス206系統京都駅方面に乗り、「知恩院前」まで行けば白川だ。

バス停「知恩院前」の裏手にすぐ白川が見える。この4月に入ってようやく、柳の葉が出始めた、しばらく白川べりの川原に座り、一休み。「あ〜いいな〜」と何度も言うヘンリック君に、白川の途中にある、「行者橋」について説明する。


「行者橋」は人一人が渡れる、細い石橋だ。歴史が古く、比叡山延暦寺から千日回峰行を終えた行者さんが入洛(京都にはいる)する際に渡ったという。また、江戸時代には、「剣鉾」と言うお祭りで7メートルはあろう、剣鉾を持った人が、「曲指し」をして渡る一場面があったという。今はここは通らない。そしてそのお祭りはずっと行われなかったが、15年前近所の粟田神社と氏子さんがこの剣鉾を見事復活させている。因みに、今年も10月「粟田祭」(あわたさい)で神輿と「大燈呂(だいとうろ)」そして「剣鉾」が巡行するので、是非見に行こうと思っている。

以下にYouTubeでのお祭りの動画があたので、張っておく。(携帯では見れないかも知れないがご了承を)


今まで主要メンバーのお一人、「カドヤ作業服店」廉屋さんにお話をお聞きしていたが、映像は想像以上にすばらしく、勇壮だ。


話を元に戻そう。そんなわけで、ヘンリックくんにこの行者橋を渡ってもらった。「これ、恐いわ〜」と言うので、「地元じゃ子供が自転車で渡るらしいよ」と。「え〜、ありえない・・・・。」と驚く彼だった。※良い子は危ないので、絶対にまねしないように。

そろそろお腹がすいたので、遅いランチにしよう。
白川を西へ入った道にある「喫茶feカフェっさ」さんでバケットのサンドイッチと好物のミルクティーを飲む。不思議なことに、ヘンリック君が「うわ〜、何かこのカフェいいな〜、時間から一度逃れて、こころが落ち着く、瞑想状態になれるな〜」と。それは私が始めて、「喫茶feカフェっさ」さんに来たときの感想とまったく同じ。つまり、このカフェの良さは誰しもが思うところ、と言っていいのだろう。

今日はここまで。バスに乗って京都駅まで帰ろう。
もう一日ヘンリックを案内する時間をとらせてもらったので、続きはまた。



■ 京都見る歩く(東山編)Vol.14 骨董品

■ 京都見る歩く(東山編)Vol.14 骨董品が好き

3月26日、アンティーク雑貨「しゃらく」さんの看板が妙に気になり素敵な小道へ。


八坂の搭が見える八坂通を登ってくるとさっきまで雨が降っていた空が嘘のように青空に。今日は既に4、5回雨や霰に降られているので、体が冷え切ってしまう。そんな時ほど、勘の様な物が働き、一つの看板に目が行く。「ANTIQUES SHARAKU 小道具小物 着物帯 アンティーク雑貨 しゃらく」とあった。


なにか、不思議と吸い込まれるように入ってしまう。この感覚、どこかで感じたような・・・。その感覚は京都で気の良いご主人や女将さんが居るお店に入る瞬間の心持。「こんちわ〜ちょっと見せてくださ〜い」とお母さんにご挨拶するや、


お店のお母さんが「お客さん、それって軍隊のカバン?」と私のフィールドワーク用のカバンを軍隊の物と同じであると見破った。「え!何で知ってはるんですか?」と。正確には復刻物で、海軍が採用していたものらしい。走ってもばたばたゆれたりしない上、地図や書類が出し入れし易く頑丈に出来ている。「え〜、今まで使った物の中で一番理に適ってるんです。」

流石は京都のアンティーク屋さん、「うちでも昔本物を扱ってたのよ〜。全部売れちゃったけど」と。
なんだか、とてもきさくにお話をしてくださるので、ついつい長居をしてしまう。お話は螺鈿細工の茶箪笥や、茶器、花器、ランプや根付けまで。更にお聞きすると、こちらのお店昔は3代も続いた銭湯を営んでおられ、閉められるときには、閉店を惜しみ全国から入湯のお客さんがこられたと言うから、東大路・清水道・八坂通界隈で銭湯と言えばご存知だった方々も多いと思われる。かく言う私も銭湯好き、知らなかったとはいえ惜しいことしてしまった・・・。

さらには、ついつい話しすぎ、小物の柄の言われとか、どうして清水や東山方面で焼物が発達したかなど、思わず「へ〜っ!」と膝を打つお話をお聞かせくださった。コレだから京都に住んでいる人に色々お聞きするのがやめられない。


また厚かましくも、京都を歩いている訳を聴いて頂き、写真を撮らせてくださいと申し上げると快く了承してくださいました。大変勉強になってありがたいです。

それにしても、骨董や古道具が高価な理由は色々だと思うが、それこそ人がその物に向ける想いや愛着というものは、お金には変えられない。ましてや、京都を歩いて、色々のお話をお聞きしていると、とんでもない掘り出しものが在ることも珍しくないとお聞きするし、実際そうして持つべき人、愛してくださる人の手元へ数百年かかっても戻って来ると言う事を、とあるお店で目撃している。剣鉾と言うお祭りの鈴が骨董市で並んでいたのを見つけたのが、関係者の方だったという。そういえば、「骨董って面白いよ〜」と教えて下さったのもそのお店のご主人だった。京都、実に面白い。「しゃらく」さんお母さんに感謝。次行くときまで、菊水の根付けが誰にも買われませんように・・・。


お店を出る間際、「しゃらく」さんお母さんが「長く京都に住んでるから解るけど、数年じゃ京都は見足りないでしょ?」と。おっしゃる通り!

地点マップ(PC用、携帯auでは開いた、docomoはどうかな〜)

「清水道」下車東へ徒歩5分3筋目を左へもしくは、八坂通をのぼり同じく3筋目を右へ、私は八坂通を八坂の搭へ登る道の方が好き。

場所名: アンティーク雑貨 しゃらく
住所: 〒605-0853京都市東山区八坂の搭の下星野町91-7

最寄交通機関
市バス:京都駅から、100系統「清水道」下車東へ徒歩5分3筋目を左へ
電車:

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