□ 河内近郊ー司馬遼太郎記念館にゆく

 私には、一日そこで過ごしたくなる○○記念館がある。
写真、美術、文学などの道を切り開き、大いなる精神の遺産を残して下さった先人、その人自身の存在を全館に感じられる、そんな場所。いわば、そこは私にとって神殿のようなものであり、その先人の懐(ふところ)そのもの。

こころが休まり、孤独を生き抜く勇気を取り戻せる所。

一つは、入江泰吉・奈良市写真美術館。そしてもう一つが、ようやく行けた「司馬遼太郎記念館」だ。ここも同じく、一日中いても飽きない、安堵と勇気をもらえる所だと直感する。


近鉄奈良線、河内小阪駅に着く。記念館への案内図を見つけ改札を出た、が、「あれ?北て、どっちや?」と案内図を回していると、本屋の人が指を指して「あそこに大きな字で、看板が出てますよ。」と教えてもらう。見ると、小阪商店街(スカイドーム小阪)というアーケードの入り口頭上に「司馬遼太郎記念館」と立派な看板。「すごい、町ぐるみだ。」何故なら、目的地までは一キロ近くあるからだ。

活気あるアーケードを見ながら歩く。帰りにあの蕎麦屋に行こうか?など、色々目移りしながら。


商店街を抜け、ほっとするような住宅街に入っても、随所の電柱に案内図がある。「この町すごいな」そう思いつつ、中小阪公園の前を通る。そこには「二十一世紀に生きる君たちへ」という文学碑。「うん、まったくだ」と納得してしまう名文。司馬遼太郎という人には、今の日本社会の様子が予想、あるいは、見えていたのか?と思うほど。


記念館に着く、司馬氏が好んだという雑木林が成すお庭、その日はツツジが鮮やかだった。文を書くには、多くの事典や史料を読んでは整理し、また書く。そんな空(くう)のような思考をとらえるのは、好きであっても骨の折れる作業に違いない。だから氏は、自然に近いこの雑木林の庭を見ながら心をととのえていたのかもしれない。私も、氏が見ておられたであろう方角から庭を眺めて深呼吸をした。


振り返れば、氏が創作を行っていた部屋だ。まさにここで、文と智の巨人、司馬遼太郎が数万の本と、思考という広大無辺の歴史と宇宙を展開しておられたのかー。そう想うと体に電流が走ったように鳥肌がたった。そのやさしい書斎には、未完の作品「街道をゆく-濃尾参州記」執筆中のままで大切に残されている。

館内は明るくさわやか、展示は氏の執筆活動を励まし続けたであろう膨大な事典、日本各地の郷土史やあらゆる史書物がおよそ2万冊。更にご自宅側にはご自身の著書を含めて6万冊。これを一人の人間が読み、書いた。

まるで氏が何を観てきて、考えておられたか、頭の中を見学している心もち。

人間の頭の中は、宇宙のように弘大だがゆっくりとした時間が流れている。時計には刻む事が不可能な時間。きっとそんな時間が大切な何かを育て、良いものを作り出すに違いない。館内の本に囲まれて、そう想った。

恥ずかしながら、本を読み、文をか書き始めたのはここ数年という私。それまではまさに文明ではなく文暗生活だった。しかし、この記念館のように、本棚に囲まれるのは心地よくてしようがない。書店や図書館のそれと違うのは、氏の着眼で収蔵されたからだろうか?

一つ思い出す。子供のころ、よく円形の部屋の壁を埋め尽くす本棚に可動式のハシゴをかけて、読みあさる夢を見ていた。

もちろん館内の本はイメージ展示であるから、触れることは出来ないが、あの夢の感覚に似ている。が、しかし、記念館は私の夢の想像など軽く超えている。本を見上げると、そのまま後ろへ倒れてしまいそうだ。

「後ろへコケそうになりますね〜」と学芸員さんに会釈すると、「これ、読んで見てください」と、大きな明かり取りの窓がある壁際に案内してもらった。

読む。「え〜ほんまですかぁ?」、観る。「うわっほんまや!」。
それは、驚きと共に楽しくもあり、温かくもある物だったが、それが何であるかは、行ってのお楽しみにしておきたい。

聞いたところで、この「へーっ!」は伝わらないからだ。
個人的には行く人の目で直接見て欲しい、家族にも、知人にも「おもろいし、ロマンがあるから見てきいや」と言う事にしたい。

それにしても良いパンチだ。

1Fに戻る。小さなカフェの横には氏の作品の販売コーナー。特にこの記念財団からの選書である。大きな本屋でも見つけられなかった本もある。

すべてに司馬氏の、あの座談的で気さくな何かを感じる。数年前NHKで再放送された番組、ダンディーなスーツでソファーに座り、JazzyなBGMが流れ終わった直後に、「え〜、司馬でござぁ〜っす」という、あれ。

TV的演出では何か、大先生をお迎えして・・・という雰囲気で視聴者を構えさせるようだが、じっとカメラ目線で待った後の一言の挨拶で、肩の力を抜かせ、気付けば話に聞き入ってしまう、あの感じ。


私は歴史に明るくない上に、他の愛読者の皆さんにしかられるほど、氏の作品を知らない。が、氏の対談や座談的な物腰や、実際に歩いて踏査のうえ、氏が愛情と冷静の間で観じた「土(国)や人への想い」、そのありようが大好きで、つまりは、大変失礼ながら、氏の作品の前に、ご本人の人となりが好きなほうだ。

早速、書籍、Goods売り場で、記念館の「サポート会員(個人)」に入会。一般会員でも良かったのだが、それは、そこ、氏へのリスペクトと記念館の永続を心から願って。

記念館パンフから少し引用したい。
「また、多くの人々の参加で新しいコミュニケーションの輪を広げたいと願っています。建設のさい募金を呼びかけましたのもその一環でした。(略)ともに文化を育てたいという思いもありました。」

私は大いにその考えに賛同したい。何故なら今日の日本は、読み書き話すという文化の低下で、思考とコミュニケーションを失い、色々の問題を抱えてしまったのだと、想うようになったからだ。


今回は「二十一世紀を生きる君たちへ」を購入し、その文学碑の横で、つまり帰り道の中小阪公園で読んだ。

「ええ、先生、今この土(国)は先生が心配されたようになりながらも、先生の信じられたように、皆あきらめずやってますよ」と、もしこの世紀の町角で私が、司馬遼太郎氏に問われたら、きっとそう答えたい。


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