■ 京都見る歩く(洛陽三十三所観音巡礼)Vol.32 なに故に三十三所か


 そして、これが洛陽三十三観音霊場を巡礼した証の先達証、輪袈裟、そして先達に授与される新たな朱印帳だ。
 今更ながら、洛陽三十三所観音巡礼について軽くふれてみる。
その起こりは古く、平安末期、第77代の後白河天皇により定められたそうな。
近畿には西国三十三所巡礼があったが、広域で大変なため、それに代わるものとして京都の洛中周辺で、もう少し身近に観音巡礼が出来るようにと言うことだったと思われる。
 室町期には、現在とは違う順路で定着したが、応仁の乱の戦による災禍が都ごと呑み込んで、もろとも衰退を余儀なくされた。
 江戸期に再開され、寛文五年(1665)、第112代の霊元天皇の勅命により、現在と同じ巡路に定められ定着したのだという。


 幕末・維新を経て近代化の時流と明治、大正、昭和の発展と喧噪の中に忙しく生き続けた人々の心から、巡礼も忘れ去られたようであったが、「心の時代」と言う言葉と共に、今一度立ち止まり、その「心」を取り戻そうと言う心もちになったのか、とにかく洛陽三十三所観音巡礼は三度目に「平成の復興」となり巡礼の人々も帰って来た。数年でその数も増えていると思われる。



 そもそも私が、洛陽三十三所をゆく、と決めたのは、可能な限り京都を知る、と言う目的の為だった。巡礼札所になっている寺院も、うまい具合に市内全域に点在しており、サイコロを転がしたり、ダーツを投げるよりは、はるかに目的に合っている様に想えたからだ。我ながら。良い着眼だったと、今は、思える。


お陰で、各巡礼先の寺院の寺伝や、関係者の皆さんのお話などから、京都の歴史や、歴史上の人物の後姿や横顔を良く見れた。
これは、ともすれば時流にのって現代に黄泉帰り、人々に勇気をくれ、町の活性化の先導と成ってくれるやも知れない、大切な偉人達である。



 今思い出すだけでも、あのお寺は、平清盛がいた、あそこには幕末に月照(げっしょう)和尚と西郷隆盛を逃がそうと奔走した、近藤正槙(俳優、近藤正臣さんの曾祖父)の碑があった。あれが新撰組の駐屯所、あそこが会津藩の兵千人が待機した、こっちは水戸藩士、あと、紫式部に建礼門院が・・・・と次々に記憶をたぐれる。無論、札所寺院の周辺や、その間も歩いたので、京都の地理も体に入った。


 道中。腰を下ろして京都の町の作られ方やその精神に想いを馳せたり、人や交通、商工業などを観たりもした。
 行くに伴い市バスの路線を大かた覚えてしまったのは、非常に重宝した。
例えば市バスの系統番号だ。若い番号は、市民の生活や通勤のため、いろんな道をゆき各停するものが多い。一方3桁の番号は、著名な寺院の多い、東山や北山方面を行き、観光客用になって、急行となったりもする。
乗りなれれば疲れている時は次のバスを待ったり、一つ上の乗り易いバス停を選んで混雑をやり過ごしたりもできる。



 市バスはともかく、全体をかいつまんで言うなら、私は洛陽三十三所(だけではないが)を通して、京都の全寺院や歴史は、国民の共有財産であり、大切に保護し、文化的価値を常に見直し。文化(文章化、碑文化、伝える)して行く。そういうこつこつと次の世代へ伝えて行く体勢を取れば、必ず観光客のみならず、市民のために成り得続ける。
そして、交通機関等の整備は、欧州のそれの如く。柔軟に考え、公共財と思い整備の方向性を環境と市民生活への負担軽減を想うものに変えてゆくか、もしくは、今現在も、市電と自動車を、的確に共存させ得ている、地方都市を、小京都として見直すことも良いと想われる。


 そうすれば、京都という多くの事柄(歴史、経済、交通、商工業)が重なり、織り成す古都も、古き良き物と新しいものが更に上手く融和し、世界に向けて、さりげなくも上品に胸をはれるようになるに違いないのであります。


 これは余談だが、時代劇に出てくる隠密(おんみつ)が行者や巡礼者の格好をしている訳が、わかったように想う。昔は巡礼者や行者、お伊勢、金比羅参詣者が、比較的にご公儀にあやしまれにくく、歩いてくに境や関所を通れた。歩けばその分情報も入る。隠密でなくとも、巡礼者、旅人を優遇すれば、他国の様子を知り得たし、気付かなかった物の見方についても話が聞けたに違いない。



 実際に観て歩く事は、実に有益なのである。巡礼と言う文化に感謝である。
何かを導かんとする人は、不況を連呼せずに、原点に立ち帰り良く観るべし。
一番骨の折れる部分を、他まかせにして、抽出した物を集める事を良しとし、そんな人間を珍重する。
 本来、何かを産み出すためには、心、頭、体を動かし、一つ一つ礎石を積み上げる人間がいるからこそ、城も建つのであって、それを忘れて、型、公式のみ先行し、内容がともなわない世は必ず瓦解する。それを思い出したい。


 これにて、私の洛陽三十三所観音巡礼は、結びとしたい。勿論、中・大先達を目指すが何かあれば、また書きたいと思う。
 「日本は物質的に裕福だが心が餓えている」と言ったのは、マザーテレサだったか。私もその社会で、闇を手探りで生きて来た一人であるが、大きな二つを学んだ。


 こつこつ積み上げれば何かが観えてくる。
 人に礼と義を以って、色々教わりながら歩く事。


この洛陽三十三の途中、腰を下ろした三条通で確信できた。そんな貴重な機会を許してくれた人々にも心から感謝したい。


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